
出版記念
宮部浩幸×倉方俊輔 リレーとしての建築を語る
2025年第8回都市環境デザインセミナー
日時:2025年11月20日(木)18:30〜20:30
会場:都市魅力研究室+Zoom配信
会費:会場・ZOOMとも
JUDI会員・学生:500円
一般:1500円
<話題提供者>宮部浩幸 建築家・近畿大学教授
倉方俊輔 建築史家・大阪公立大学教授
(司会・岡絵理子 関西大学環境都市工学部建築学科教授)
<趣旨>23年10月の都市環境デザインセミナー、宮部浩幸さんの「文脈をつなぐ建築と都市のリノベーション」が『リレーとしての建築――リノベーションの実践と思想』という本になりました。
同セミナーは「一見どこをきれいにしたのか分からない兜町第5平和ビルのリノベ」を見た都市環境デザイン会議関西ブロックの岡絵理子さんが、設計者の宮部さんと出会い、お呼びしたものです。古い建物の魅力を引き出して世代を超えて語り継げる物語を紡ぎ、建築や街の個性を守り育てていくという宮部さんのお話しは会場を魅了しました。それも1つのきっかけとなり今回の出版が実現しました。
記録:https://judi.sub.jp/judi/231018miyabe.pdf (重たいです)
書籍:https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761529482
本セミナーでは「リレーとしての建築」の実作と考え方を宮部さんにお話しいただいたあと、建築史家の倉方俊輔さんと同テーマについて対談いただきます。
建築の保存やリノベーションと「リレーとしての建築」は、どう違い、どこが重なるのか。兜町のように再開発が進行中の街にとってリノベの持つ意味とは何か。
そして本で語られている「SUPERNOVA KAWASAKI」や「シモキタフロント」のように、その考え方は新築でも実践可能なのか。
岡絵理子さんを司会に迎え、お二人に深めていただきます。
セミナー委員・前田裕資
○主なプログラム
建築のリレーについて
宮部浩幸
対談
倉方俊輔、宮部浩幸、1時間ほど
司会・岡絵理子
質疑応答等
○主催
都市環境デザイン会議関西ブロック
株式会社学芸出版社
○関連図書
宮部浩幸著『リレーとしての建築――リノベーションの実践と思想』
2400円+税

https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761529482/
○講師、ゲスト略歴
・宮部浩幸(みやべ ひろゆき)
建築家、近畿大学教授
1972年生まれ。1997年東京大学大学院工学系研究科修了。
北川原温建築都市研究所、東京大学工学系研究科助手、リスボン工科大学客員研究員を経て、2007 年スピーク(SPEAC)のパートナーとなる。2015年より近畿大学建築学部准教授。2021 年より同教授。博士(工学)、一級建築士。
建築作品に「パブリック・ハイツ」「兜町第7平和ビル」など。主な共著書に『世界の地方創生』『リノベーションの教科書−−企画・デザイン・プロジェクト』(学芸出版社)。
・倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)
建築史家・大阪公立大学教授
1971年東京都生まれ。1994年早稲田大学理工学部建築学科卒業、大阪市立大学准教授などを経て、2023年から大阪公立大学大学院工学研究科教授。
日本近現代の建築史の研究と並行して、日本最大級の建築イベント「東京建築祭」の実行委員長、「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員を務めるなど建築の価値を社会に広く伝える活動を行っている。
著書に『悪のル・コルビュジエ』(彰国社)、『神戸・大阪・京都レトロ建築さんぽ』『東京モダン建築さんぽ』『東京レトロ建築さんぽ』(以上エクスナレッジ)、『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)、『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社)ほか。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)、グッドデザイン賞グッドデザイン・ベスト100など受賞。
・岡絵理子
関西大学環境都市工学部建築学科教授
京都府立大学生活科学部、大阪大学大学院環境工学専攻後、都市計画コンサルタ ント勤務を経て、大阪大学大学院博士後期課程修了。2006年から関西大学工学部専任講師、2016年から関西大学環境都市工学部教授、現在に至る。
著書に『和室学』(平凡社)、『鉄道と郊外』(鹿島出版会)、『和室礼讃』(晶文社)など。
目次
宮部浩幸×倉方俊輔リレーとしての建築を語る・記録
岡:
本日はJUDIセミナーにお集まりいただきありがとうございます。本日は会場が満杯で、Zoomは10人に満たないという面白い状況になっています。多くの方にお申し込みいただいて本当に感謝しております。
実は、2023年10月の都市環境デザインセミナーにも宮部浩幸さんに来ていただいております。そのタイトルは「文脈をつなぐ建築と都市のリノベーション」です。その内容が今回『リレーとしての建築』という本になりました。
前回のセミナーのきっかけは私が友人に誘われて兜町のK5っていうホテルの1階のカフェに行ったことです。
新しいカフェができたから行こうねって言われて。カフェはそれなりなんですけれども、行った建物が古い建物に違いない。戦前からの建物に違いない。建物の裏側の高速道路の側から見ても壊れかけのまんまで、全然綺麗じゃないのに「リノベーションした」って言っている人がいる。「変やなぁ」と思いながらfacebookにあげたら、共通の知り合いから「それ宮部君のだよ」と教えてもらいました。
そうこうするうちに宮部さんから「岡先生、僕、もう少ししたら会うかも」みたいなメールが来て、「なんだ」と思っていたら、クライストチャーチへのツアーに先生も参加されていて、空港で初めてお目にかかったのです。
私はあの建物がとっても気に入ったし、クライストチャーチにいる間中、耳元で「先生、帰ったらセミナーに出てね」ってずっと言い張っていたら、最後の最後、シンガポールで引き受けていただきました。
そんなことがあって実現したんですけれども、その時もやっぱりすごく面白く、会場の方々も魅了されました。前田さんがその折に「ぜひとも本にしたい」と言われて、この本が出来上がったという次第です。
ということで、本セミナーでは「リレーとしての建築」というテーマで、宮部さんの自作とその考え方についてお話しいただいた後に、皆さんどなたもご存知の倉方俊輔先生に入っていただきます。

宮部:
ありがとうございました。
じゃあ早速始めます。今日は、本の内容をかなり抜粋して喋ります。自分の事例は1個しか話さない予定です。その後、倉方さんや岡先生、皆さんからのからの質問に応じて他の事例を出すという具合でやりたいと思っています。
ところで僕が建築を作っている原動力には、建築を見て読んで楽しむっていうのがあるあります。
実はその建築を見て読んで楽しむっていうのが、僕と倉方さんの共通の趣味ということで、今日お越しいただいて、その辺も話せたらなと思っています。
僕がこの本を通して皆さんに受け取ってほしいメッセージを最初に言ってしまいます。建築や都市を通して、私たちが生きる時間の前や後にまで感覚を拡張して楽しむ。今を見るだけじゃなくて、もうなくなってしまったずいぶん昔の人とも建築を見ていると対話できるようになるし、昔のことを見られるようになる、未来もちょっとだけ予想できるみたいな、そういう感覚があるので、その部分が共有できたらなと思っています。
全体の流れはスライド003の通りです。

最初は建築はリレーだというお話しをします。

これが岡先生が見て、「おかしなリノベだな」って思ったものですが、これは左がビフォーで、右がアフターです。アフターのほうが古く見えるというリノベなんですけれども、工事が終わった後に、「昔ここに食堂があったな」っていうふうに、この街を昔からよく知っている人が言い始めたりします。それを若い人が聞いて、「へーそうなんですか」とかなるわけです。

これは、風呂なしのアパートをリノベしてシェアハウスにした龍宮城アパートメントですが、住んでくれる人を募集したら、「若い頃ここに住んでました」と連絡をくれる人がいました。その方は具体的に住んでいた部屋の名前も覚えていて、当時90歳以上になられていたおばあちゃん、オーナーさんと再び会って旧交を温めるなんていういい話もありました。

これは当時、築80年、今では90年以上になっちゃいましたけども、そういう家をリノベして賃貸にしたものです。この建物にかつて住んでいたオーナーさんは、これ見て懐かしいっていうわけですね。左の方が多分オーナーさんが知っている姿なんですけどね。
建築をリノベーションしていくと、このように人の記憶が呼び覚まされて、そこから対話が始まるというエピソードが、今までの僕の経験の中でこれ以外にもたくさんありました。
ただそれをうまく整理はしてこなかったんですね。これ何かあるなっていうことだったんです。そんな時に視察旅行先のクライストチャーチで「建築を残して使っているけれど、どんな意味あるの」って耳元で言ったのが岡先生です。それ聞かれた時に簡単に答えられそうなのに答えられないなって思ったんです。だからここでのレクチャーも最初は拒否気味だったんですが、最終的にやることにして、結果良かったです。

これにはちょっと少し迂回しないと答えられない。でも、残した建築が事業企画や運営にもたらす作用とか、その作用を生じさせるできるデザインについてちゃんと考えたら、答えることにできるかなっというふうに考えました。
リノベーションと保存っていうものが、今世の中にあるわけですけど、それが長い歴史の中で今どんなポジションにあるのかを見てみたいと思います。
まず、建築はリレーだったはずっていうのが伝えたいことです。
かつては建築を作るのに時間がかかりました。何代にもわたって作るのが普通のことでした。なので、建築のリレーって普通なわけです。しかも壊すのも大変だから、出来上がった後も使い続けるのがもうデフォルトです。これが変わったのは産業革命以降とする説と、16世紀、ゴシックはもうやめてルネサンスしようぜって言った時だとか、諸説ありますけれども、技術が発達してきて、建築を壊して別のものを建てるっていう選択肢が出てきました。

スライド014は19世紀説の説明をしているフランソワーズ・ショエという歴史家が言っているんですけれども、パリのオスマンの大改造があったときに地域の人が反対運動をした。これが保存という概念が人々の中に生まれた時じゃないかっていうのがその歴史家の説です。つまり保存という概念は再開発とセットで存在しているっていうことがこれでわかるわけですね。
再開発に反対するっていうことで生まれた保存という考え方なんですけれども、これができたことで解体か保存かを意識して選ぶようになった。つまりこの時点でリレーは普通のことではなくなったわけです。ほっといたら勝手にリレーになるのが、そうじゃなくて人間が選ばないとそうならないっていうことになっていったわけです。
で、そのフランソワーズ・ショエの説に基づくと、19世紀に保存というのが生まれたんだということになるんで、じゃあ19世紀にやっていた保存ってどんなんかって調べてみました。それが「想像に任せた修復」って呼ばれているものです。

スライド015の左がビフォーで右がアフターです。一見これは修復している、直してるって思いますよね。ちなみにこれをやっているのは当時のフランスの建築家、巨匠ヴィオレ・ル・デュクです。この人は「オリジナルの姿は定かじゃない」、だから「偉大な歴史的建造物を作る」って、そういうふうに説明しているんです。
つまりどういうことかというと、「昔の姿を調査して、分かったからこういうふうに直すよ」じゃなくて、ヴィオレ・ル・デュクがこのお城の様式を勉強して、その様式を使って最大限かっこよくするっていうことなんです。後に歴史的建造物の扱いとしては問題があると敬遠されるやり方なんだけども、僕は「これは様式を理解して援用して創造するから、ある意味リレーだよな」と思っています。結構クリエイティブじゃんっていうふうに思います。

このやり方が史実を正しく伝えないっていうことで、だんだん敬遠されていって、1964年にベネチアに建築家とか建築史家が集まってヴェネチア憲章を作りました。この中では、新旧が調和するっていうことと、オリジナルな部分が分かるように新旧を区別するっていうことが求められました。それと合わせて新しい用途を見出しましょうねっていうことも書かれています。

当時の背景として1964年モダニズムの勢いがあった頃でした。過去との差別化を良しとするっていう方が主流だったんです。
過去を重要視するっていう人がゼロになったわけではないけど、過去とは違うことをやっているって言いたい人が多かった。で、どうなったかっていうと、「調和した上で区別できるようにしてね」って書いてあったけれど、どちらかっていうと「区別すればいいよね」っていうほうに傾いていったわけです。
極まったのは僕ら学生の頃とか社会に出たぐらいの1990年代から2000年代頃で、歴史的なものと現代建築がめちゃくちゃ対比を描くっていうものが、いろんなところで作られました。僕も当時はこれがかっこいいと思っていましたし、先生たちもこれが歴史に嘘がないから正しいっていう説明をしていました。
新旧が激しく対比された建築について、リレーに例えて言うと、リノベーションをした建築家や関係者が最終ランナーになることを自ら名乗り出ているっていう感じがします。ややおこがましいぞっていう気がします。あるいは最終ランナーを名乗っているんじゃなくて、隣で勝手に走っている、要は別のレースしているみたいな、そういうものにもこれは見えるんです。これだとリレーじゃないなっていう感じ。言い換えると次が考えづらいです、こういうふうにされると。
90年代から2000年代の潮流では、新旧の対比が強かったんです。これは個別のデザインとしては面白いんですが、続きを考えるのが難しい。で、こういうものが集まると、街の景観は引き継いできたアイデンティティを失ってしまうだろうなっていうのが、私が今至っている結論です。
一方で、保存について重視されたキーワードはオーセンティシティですね。歴史的真正性を重要視するということでオリジナルへの希求を強く打ち出す考え方がありました。
社会の背景が変わったら、建築の使い方も変わるはずだけれども、オリジナルに固執すると新しい用途が見出せないという問題に直面して、建築が使われなくな。なんだかぐるっと回って最初の目的を達成できない、変なことになっている事案が、そこら中であると思います。
だから、保存の方に傾きすぎても、建築のリレーはできないと思います。
実際、僕も体験しました。京都のあるお寺で鐘楼を活用したいって相談があったときに、文化財保存担当の教育委員会の人たちと打ち合わせをしたんです。そうしたらその鐘楼はだいぶ前は保育園だったようで、文化財になったときに保育園と登録されていたんです。そこで、用途変更したいというと、「用途変更は歓迎しない」というところから話が始まるんです。すごく不思議でした。用途変えるというのを入り口で拒絶する構えがあるんだということをリアルに感じて、オーセンティシティを大事にしすぎるのも、難しい問題をはらむなって思いました。
こうしたことを見てくると、新旧が調和しながらも史実を正しく伝え、新しい用途に応えるデザインが必要なんだという考えに至ります。
建築の保存には、その企画とデザインの高度なクリエイティビティが必要だというのが、僕が常日頃考えていることになります。
リノベも保存も企画力とデザインの力を求めているっていうのが、現在我々が置かれている地点だろうということです。じゃあここからですね、企画の話は今日は時間の関係であんまり詳しくできないんですが、リノベーションのデザインについてお話ししたいと思います。建築のリレーをやっていくにあたって、こういうのがいいんじゃないかっていうの事例をお見せしていきたいと思います。
最初に紹介したいのはポルトガルの新旧を織り込む改修です。ポルトガルの現代建築は他の国のと、結構違っています。現代の建築家がやっていても、新旧の対比というよりも、まず調和があって、じわーと区別が見えてきます。

例えばスライド026では、右端の建物(ガレージ)は別物だってわかりますね。でもあとは赤い屋根が載っていて、白い壁で一体的に見えている。ちなみにこれは教会と修道院でしたが、今はホテルになっています。
近づいて見ると、右手に水平連続窓がついていて、おやおやここだけル・コルビジェみたいな、近代建築がくっついているぞというデザインになっています。

今の建物の中庭に行くとこういうシーンが出てきて、これも一見統一感があって全部古く見えるんですが、右側を見ると、開口部が横長で大きいです。それから屋根を見ると瓦が載っていないです。このように、右側は新しいんじゃないかって、じわっとわかってくるわけです。
あと、左側に煙突みたいなものがありますよね。この建物がある場所はものすごい田舎で、ちっちゃい集落がすぐ横にあるんですが、その集落では、昔からの形態を守って全ての家に直線で形成された上すぼまりの煙突がついているんです。でも、この建物の煙突みたいなものは一応上すぼまりだけど曲線なんです。集落を歩いてからここに来ると、なんか似て非なるものがここにあるぞ、とわかるんですよ。煙突に見えちゃうんですけれど、これはエレベーターです。エレベーターでこの形はいらないと思うんだけど、わざわざ煙突っぽくしているっていうことです。
遊び心のあるデザインをして、区別がつきにくくなるような工夫がされています。実際スライド027の赤いところが新しいところだというのが、時間をかけて知識を踏まえると見えてくる。こんな作り方です。

この新旧を織り込む改修をまとめてみると、外形に着目したとき、つまりざっくり見たら調和している。でも詳細に見たら、新旧の区別がつく。こういう作り方になっています。

もう一個ポルトガルの例を見ていただきたいんですが、スライド029はソウト・デ・モウラというプリッツカー賞を取っている建築家がデザインしたものです。これも修道院がホテルになった事例です。これがリノベーション後です。一応明かりが灯っていますよね。でも廃墟みたいです。

これがさっきの場所の別アングルの写真です。
実はソウト・デ・モウラはこれ設計するときに、この修道院の中庭に面した回廊を機能なしにしちゃいました。もともとはこの廊下を回っていろんな部屋に入るっていう平面計画があるんですけど、その状態で部屋を巡るとすると、いちいち廊下、部屋、廊下、部屋みたいな感じになります。ビリヤード場とかカフェとかバーとか暖炉のある部屋とか、いろんなアクティビティがここにあるんですけれど、全部いちいち廊下からドアを開けないといけないってなるんで、偶発的な出会いがないわけです。それをソウト・デ・モウラは壁にちっちゃく穴を開けながら全く別のルートを建物の中に作っちゃって、回廊はあえて機能なしにしています。
そういうデザインですが、結果ここでみんな写真撮ったりするっていう新しい使われ方が生まれています。で、これをデザイン的に見てみると何もしてないように見えるんだけど、これが2階建てだったっていうのはみんななんとなくわかりますよね。窓がはまっていたの開口もそのままだったりとかしますしね。
で、僕はこれ見たときに、あぁそうかと、なにかを付け足すことでデザインって考えがちだけど、なくすっていうのもデザインになるなと思ったんですね。つまりなくしたことをメッセージにしてデザインとして終えるってことです。だからこれは不在を暗示するっていうようなことができているわけです。
実はソウト・デ・モウラは他の作品でもこれと似たようなことをやっているんで、絶対に偶然じゃなくて、わざとそういうふうにやっています。
これらが新旧を織り込む改修です。既存の建築を取り巻く文脈を尊重してできいてます。新しい部分がこれまでの文脈の続きとして描かれています。これまでの人とこれからの人が共通の文脈を共有できるっていうのがポイントです。
どういうことかというと、多世代が共有する文脈を守って育てているということです。ちょっとこれ難しいかもしれないんですけど、さっき見てもらった2つのホテルだと、僕みたいな海外から来て昔のこと知らない人が見たら、なんか古い修道院がおしゃれなホテルになっていて、現代的な内装もあり、現代的な料理もある。いいじゃんってなるんだけれど、地元の人たちは昔からお祈りに行っていた教会堂がそのまま残っている、よかったとか、久々に帰省した人もふるさとに帰ってきたなって思える姿がちゃんとそこにあるっていうことです。
だから同じものを見て、それぞれポジティブな感情を抱いているけれど、違ういいねがあるっていうこと。これが僕は健全な状態だと思うんですよ。なんか同じものを見て同じ感想しかない建物は、実はつまんないね、一義的で。いろんな読み取り方で、世代を超えて一つのものを楽しむっていうことがとても大事だなって思っています。
で、これをやるとですね、リレーが続いていくということになります。
それともう一個、東京の日本橋の高島屋です。

これは村野藤吾が、増築に増築を重ねたものです。1933年、高橋貞太郎が作ったこの帝冠様式の建物に、その後、第1次、第2次、第3次、第4次と4回の増築を村野藤吾が設計しています。これがまるごと重要文化財になっています。めっちゃ面白い例だと思います。
これ一見古い建物に見えるじゃないですか。でも奥のほうをよーく見てほしいんですよ。なんかありますよね。ガラスっぽいのがね。

拡大するとこんな感じで、様式建築がいつの間にかガラスブロックのモダンなデザインに切り替わるんですよ。

だけど上を見たら様式建築が乗っているんですよ。
これ、どういう順番で作ったんだろうみたいな、歴史の順番すら訳がわかんないみたいな、ファサードを村野藤吾はひょいひょいデザインしちゃうんで、もう本当にすごいなと思うわけです。
上の二層を見ていくと、既存の建築の軒のラインですね、これが村野の建築でもビューっと繋がっていくように徹底されている。ガラスブロックの上を押さえている水平ラインも、既存の軒というかパラペットのラインと合わせてあります。高橋の設計した部分にあるアーチの形を使った窓は、村野のでは少し簡略化されて採用されてつながっていくわけですね。この色違いになっているところから手前が村野です。白っぽいところが高橋。
ちゃんと見たらわかりますよね。でも、パッと見るとわかんないんですよ。

これが第一次増築が完成した時の写真です。手前がガラスブロックになって、塔みたいなものを建てて、窓が並んでいる立面をぐるっと回しています。デザインとしてはここで一回終わりですよね。完成しました。

ところがまた増築したいって要望が来るわけです。その時にこれはトンチみたいですけど、左右反転するラインを設定して反転コピーしているんです。そしたら最初からツインタワーを備えた建物だったかのように、また1個のまとまりで完成しちゃうわけです。
ただこれも厳密な反転複写じゃなくて、3つ並びだった窓を、新しいところは4つ並びになっていてスパンもちょっとずれています。そういう細かいところは感じさせないぐらい、ナチュラルにつながっていきます。

スライド038の右側のように、これまたぐるーっと同じデザインが周り込んでいく形になっています。まぁこんな感じで高橋貞太郎が設計したものと村野藤吾が設計したもの、それからもう一つ後の時代の村野藤吾が設計したものが一体的になっています。

どうやって一体的にしているかをもう一回図解しておくと、奥の青色の部分までが既存なんですけど、まずこの1階とか、上の階のもともとの建築の水平ラインを村野は丁寧になぞっています。要は補助線というか、もともとあったラインを見つけて、それを自分の設計に取り入れている。
あと一回終わっちゃったやつを再び続けるっていう時に、水平に左右反転っていう技を出してきています。こんな形で一体的なものになっているっていうことです。2人の建築家が設計したもの、時代が違うものが1個で重要文化財という評価になっています。

これは知っている人は知っていますよね。関西だし。
これはですね、東大寺の法華堂です。大仏殿もいいんですけど、南大門もいいんですけど、僕的にはこれが一押しです。

これは古くから伝わる新旧を調和する手法を示しています。
向かって左側が奈良時代に建てられた正堂で、右側が鎌倉時代にできた礼堂です。400年ぐらい時を経てるんですけれども、軒がすらっと繋がっていて、一体的な建築としてみんなの前にあります。柱のピッチも厳密には一緒じゃないけど、同じように並んでいるんで、どこが境目かよく探さないとわかんないぐらい馴染んでいます。
左から4 間(柱の本数で言うと5本目まで)が正堂で、右から2間(柱の本数で言うと3本目まで)が礼堂、これらに挟まれた2間が「造り合い」って呼ばれています。

「造り合い」を作るときに、多分機能的にいらないと思うんですけど、わざわざ左右対称を大工さんたちは作ってつなげていっています。これって、村野藤吾が日本橋でやっていたのと同じやり方ですよね。だから実は昔からあったやり方なんですけど、誰もこれを技として伝えてはいなかったような気がします。でも村野藤吾がひょいっと日本橋でそれをやっているんですね。
こうやって見てくるとですね、建築をリレーしていくデザインの探求っていうのは、はるか昔からあって、今に至るまで完結していない深遠なテーマで、これをネタにしたらずっと考え続けることができる面白いテーマだと思っています。
だいぶ前段が長かったですが、ここで1つ自分が関わった事例を見てもらいたいと思います。
日本橋兜町で、僕たちは今まで三つリノベーションをやっていて、今4つ目をやっています。で、この中で最初にやったものを見てもらいます。
それ見てもらう前に少し町の状況を説明すると、兜町は金融街として有名なんですが、実は衰退していた時期があります。証券取引がIT化された90年代以降なんです。兜町に人が来なくても証券の取引ができるようになったんで、いろんなお店が継続していけなくなって、だいぶ活気がなくなっていました。

証券取引所のビルオーナーは平和不動産という会社なんですが、その会社がこのままだと街がまずいだろうということで、スライドでKABUTO ONEとある区画を大きいビルに建て替えるという再開発に乗り出しました。
ただですね、街が衰退していた状態なんで、せっかく新しいビルできても面白いテナントさんを呼ぶのは苦労しそうだってその会社の若い人たちには未来が見えたんでしょうね。
その時にその若い人たちが、自分たちの会社が持っているビルをリノベーションして新しい人に入ってもらおうという動きを始めました。その人たちから僕らは相談をもらって、今まで3つリノベをやっています。
この経験で分かったことを言っておくと、時間がかかる再開発は元気がないからするんじゃなくて、元気がある時にやらないとダメってことです。人間に喩えると、元気のない人に外科手術したら死んじゃうのと同じです。再開発って工事している間ずっと工事現場になっちゃうんで、数年間、人はますます来なくなるんです。出来上がった頃には忘れられた街みたいなことになるんで、再開発は元気のない街にはなかなか難しい。
リノベーションは。その点、スピーディーでコンパクトですぐ結果が分かります。新しい人も入ってくるし、新しい活動も生まれるんで、街にとっていい。けれど、短所があります。事業規模が比較的小さいんで、大きい会社さんだとおそらくやるのが大変です。
なので僕はこれを組み合わせてやったらいいんじゃないかと考えています。リノベーションが漢方療法で、再開発が外科療法で、漢方で普段から健康を維持しておいて、いい時が来たら再開発する。そういう考え方がいいんじゃないかと思います。

これが岡先生が見て、「おやおや」って思われたものです。昔の名前も判明しました。第一銀行本店附属新館です。
写真はビフォーで、これを耐震補強してテナント募集をしようとしていたんです。補強はできる。でもテナントの手が上がるかがわかんない。なぜならビルが普通すぎてなんか魅力に乏しいからっていうことでプロジェクトが進まなくなっていました。
僕らは実はこれに呼ばれたんじゃなくて、この写真の奥の左側にあった割と綺麗なビルを相談されたんだけど、綺麗なビル見てもあまり燃えないんで、「これは値段を下げて貸した方がいいんじゃないですか」って言って、「もっと困っているやつ、あったら教えて」って言ったら、ここに連れてこられました。担当者の人曰く、これめちゃくちゃ古い建物らしい。
隣のマンションとこのビルの間を覗いて見たら、古い西洋建築の装飾が見えたんですよ。だいぶ真っ黒になっていたけど。で、「あ、このビル、普通じゃないなっ」て気づいたんです。だから「この覆いは全部剥いたらどうですかっ」て言ったんです。そしたら、その担当者がなんとその「剥く」っていう提案を会社の中で通したんです。

どうやったか謎でしかないんですが。その結果がスライド050です。もちろん耐震補強もやっているし壊れていた部分も直しています。

工事が始まって、いろいろ解体していくと、エレベーター機械室の中から棟札が出てきて、そこに第一銀行が事業主って書いてあったんですね。つまりこれは渋沢栄一が作った日本最初の銀行の建物なんです。
スライド051の右上の写真は関東大震災の時のものです。右隣にある辰野金吾設計の第一銀行本店が被災していて、こっちはまだ建っています。設計したのは西村好時で、銀行とか証券会社をたくさん設計した建築家です。
工事をしながら、こんな歴史的な経緯も分かったのですが、我々工事関係者は工事が始まるときに3つ約束をしました。
リノベは開けたら何が出るかわかんないところもあるんで、出てきても判断がブレないように、一応これ約束しておこうってことです。
一つは「時の経過を素直に表す」ということ。二つ目は「過去のものと新しいものの統合を図る」っていうこと。そして「過去の問題点の解決」です。漏水と汚れを解決しようということです。

僕が打ち合わせに行かなくても現場判断で生成された答えもあります。なんだか笑っちゃうような答えもあって、それはそれで楽しかったです。
これは入り口を新しく据えたわけですけれども、左側が欠けているじゃないですか。これはパネルで覆う改修の際に入り口をちょっと左にしたかったみたいなんですね。外壁をぶち抜いてドアが付けられていました。
それを直すときに構造に問題ありそうな躯体は戻したんですけど、このデザインされた石積みに見えるところは戻しませんでした。
なぜ戻さないかっていうと、我々がここに左右対称にドアを付けたら、左側も同じデザインだっただろうってみんな想像しますよね。今スライドみてそう思いましたよね。わざわざ全部戻すっていうおせっかいをせずとも、皆さんの想像力で補ってねっていうデザインです。その方が楽しくないですか?

あとファサードにヒゲがいっぱい生えていますけど、これはパネルを止めていたボルトです。最初取ろうって僕も思っていたんだけど、本数聞くと1500本って言われて、抜いたらボロボロになっちゃうなっていうのが分かったんです。なので、切り揃えて錆止め塗って処理しようっていうことで取り除くことは止めました。これは一旦パネル貼りになったっていう経緯をここに残しているっていう考えです。
スライドの左上の写真の部分も石の水切りがあったんですけど、パネルをつけるときに雨樋をまっすぐしたかったんでしょうね。この石をはつってまっすぐな樋が入っていました。我々は、漏水があって壁が汚れたからパネル貼ったって記録を読んだので、壁が汚れないように、漏水しないようにするために水切りは徹底して作ったんです。ここも水切りはシューっと通って見えるようにディテールを考えてつけました。結果、雨樋は昔の形にしないとつかないですよね。だけどはつられたところはそのままです。それでも、もともとこれは続いていたんだよねってみんなが頭の中で補ってくれる。

そういう作り方にしています。これは工事途中の写真で、右下は棟札が出てきた時の様子です。

本当にちゃんとデザインされた壁が出るか、本当はよくわかってなくて、出た時に嬉しくて撮った写真です。
出た!って。

室内側にも、石のレリーフが出たりとか、いろいろありました。こういうのが出るたびに現場の打ち合わせで聞いて、じゃあ、ここの壁と天井、こうしましょうとかいうのを毎週毎週やりながら最終形に至るっていう、そんなやり方です。
現場の人は大変だったと思うんですけど、最後の方はだいぶ慣れてきましたね。出てきたものをどんどん教えてくれるようになりました。

僕らはA工事なので内装はやってないんですよ。
テナントさんに面白いことをやる人たちが来ました。スライドは海外のデザイナーがデザインしたインテリアなんだけど、ここに写っている床はもともとあったパーケットフロアなんです。それを綺麗にしないで置いておいたら、そのまま使ってくれた。さらに、これはいいねってなったんでしょうね。自分たちでオリジナルのバーケットフロア風タイルまで作ってインテリアを完成させていました。
「リレーされたな」って思いました。

これができた後、最初のエピソードの人が出てきたわけです。食堂があったと思い出された。
僕は建築って記憶のよすがだなって思いを強くしました。
写真の向こうに横河工務所が作った日証館っていう昭和のビルがあって、右側には西村好時が建てた山二証券と成瀬証券のビルがあって、大正から昭和の頭の頃の金融街の姿が想像できるぐらいの通りに戻ったんですね。今は、はとバススポットになっています。
これは古い建物を生かすことで兜町の文脈の続きとして新しい展開を作っています。過去からのバトンを次につなぐリレーっていうことをやっていて、結果、街の個性が守り育てられています。金融街として生きてきて、まだ金融街だけど違う層の人たちも入ってきています。昔の風景があっちに行ったら見られる、こっちに行ったら新しいレストランがある、みたいな形で街の個性が守られながら育まれています。
本ではもっといろんな事例を紹介しているんですけど、ここでは割愛して、建築を残す意味と建築のリレーのデザインをまとめておきたいと思います。
場所の記憶を伝える意味っていう、最初に岡先生に言われた問いの答えとしては、建築は記憶の縁(よすが)だってことがあげられます。人間って、記憶によって自己が形成されているとも言われているじゃないですか。だから自己の存在を確かめる拠り所になっていると思うんですよね。これ大事なことだと思います。
そして、世代を超えて語ることができる物語を生み出せるということが次の答えです。これで世代間が交流できますね。
3つめの答えは、街の個性を守り、育てることができるということです。新築で作り替えるとどこも似たような街になりがちなんですけれども、古い建築を残して活かしていくことでその街の個性を保もちつつ新しさを生み出せるということです。都市間競争から抜け出すことにつなげていけるんじゃないかと思っています。
これを成し得るためには、やっぱりちゃんとしたデザインも要ります。建築のリレーのデザインもまとめておきます。
これには2つ段階があります。

まず形態で調和を図ることです。
これは既存部分の形態を決めていたルールの延長で新しい部分を作るということで、調和を生み出します。読み取るルールは、1番目として型とか形式、左右対称、三層構成とか、あと軸線があるなとか、様式的な開口部の表現やその繰り返しなどです。
2番目はもっと専門的になりますが、寸法とか補助線ですね。多分、設計をする人はわかると思うんですけど、設計図に補助線がありますよね。通り芯とかね。そういうものをこの建っているものから想像して、同じ補助線で設計するっていうのは大事だと思うんです。そうすると調和が生まれます。
村野藤吾の手書きの図面を見ると、ちゃんとそういうのがあるんだよね、線が。ポルトガルの人も多分そうやっています。

第2段階が色や素材感で調和と対比の度合いを調整するっていうことです。これは色とか肌理(キメ)とか、艶(ツヤ)とか素材感なんだけど、これを既存と揃えれば調和するし、異化すれば対比になるわけです。
大事なのは第一段階です。第一段階をやってないと、第二段階だけやっても変なのができるだけなんです。
よく街並み保存で白壁の蔵造りの街とか言って、とにかく白くして瓦を載せておけみたいなことがあるじゃないですか。条例に。あれがダメだなと思うのは、素材だけ指定しているから巨大化してもOKなんです。高さとかプロポーションや物の並びのリズム感がバラバラでもいいってことになっちゃいます。ルールを守っているのに街並み景観として変なのができちゃうのは、形態をちゃんと操作できていないからだと思います。
今のがデザインのポイントです。
あと建築のリレーとその企画とデザインの関係を示しておこうと思います。

唐突なんですけど、南方熊楠っていう思想家であり、粘菌を研究していた天才がいます。その人がスライドで示している図式を書いていたんです。
これ左と右に心と物って書いてあって、真ん中が事なんです。
よく「物」「事」とか、「物の消費から事の消費」とか、とにかく「物」と「事」で語る切り口が多いじゃないですか。あれにずっと違和感あったんですよ。「それって2つ並ぶんか?」みたいな。
そしたら南方さんが答えてくれていました。「心」と「物」が重なったところに「事」が起こるよ、森羅万象こうなるよって。

兜町をイメージしてもらってもいいと思うんですけど、これを当てはめていくと、物が建築や都市で、心っていうのは人のことです。

だから企画者とか制作者とか運営者とか利用者とか、設計者もここにいると思いますが、右の都市や建築に左の心が触れたとき、なんかおもろいなーてなって企画が生まれたりとか、こういうデザインにしようってなったりとか、あるいはここでお店やろうって営みが生まれたりっていう、よくよく考えたらごく普通のことなんですけど、意外とこういうふうに整理されてないですよね。
なんか事を考えようとすると、ある事例のコピペをすればいいみたいになりがちなのは、そのせいなんです。心が抜けているからですよ。

このものとしての建築や都市が既存であったときに、そこに「心」が触れて、企画とかデザイン、営みがあると、今度はこっちの「物」が変化しますよね。要するにリノベされた後の状態です。それがまた既存になって、また次に人の心が触れたら、また変化していってという、ここのぐるぐるサイクルがちゃんと回ると、その都市や建築が自己同一性を保ちながら、文脈を紡いでいけるっていう構造があると思います。
なので僕は設計に関わるときは、この図式を思い浮かべながら、これになっているかなって自問自答しながらやるようにしています。
で、今見てもらったのが重要なこのポイントなんですけれども、これってこれまでとこれからの間にある創造ですよね。今のぐるぐるってやつ。これをですね、やっていくときの心構えみたいなのを最後に言って終わります。
まず、過去の人の続きを作るって考えてやったらどうでしょうかということです。今より良くしようと思ったら、これまでの人が積み上げたものの上に少し上積みができたらめっけもんじゃないですかと。
過去の人のやり方を見て、その続きとして改善や転換を考えると、自分とかね、あるいは自分たちだけで一から作るより良いものになるし、次の人たちもその続きは考えやすいというふうに思っています。
だから、過去の人の続きを作るって考えながら、新しいことは作った方がいいと思うんです。過去の人の続きを作ろうってぐらいの心持ちでいくと、クリエイティビティが発揮されやすいかなと思っています。
あともう一個大事なのは、成れの果てから逆算して考えたらどうかなということです。
建築は必ず古くなるんですよね。そうであるんだったら、古くなることに向けたデザインをする方が良くないかということです。古くなった状態が未来の誰かにとって好ましくなれば、それが次の企画やデザインのとっかかりになる。これは僕がいっぱいやってきたリノベの経験から至った結論です。
僕らが呼ばれたら、そこにある建築はだいたい既にボロボロです。汚いとか言われたりするんだけど、それでもいいとこ見つけてなんとかやっていくんですよ。で、その時にいいとこだって思えるところは多分、「未来の誰かにとって好ましいもの」なんだけど、その好ましい状態と好ましくない状態が専門的に見たら何かわかるんですよね。
この汚れ方はきっとみんな消したいと思うし、この色の変わり方はみんな味だって言うだろうなとか。
ならば、その味になるほうの作り方はちゃんと考えればできるので、そういうことも設計する人、工事する人はやったほうがいいということになります。
これは今日はお話しできなかった新築を考えるときに役立つ考え方だと思います。
ということで、「建築のリレー」、これが繰り返された先には、私たちが生きる時間の前や後にまで感覚を拡張して楽しむことができる建築や都市が待っているだろうというお話でした。ここで終わりたいと思います。
リレーとしての建築への感想―普遍化・法則化されている点がすごい
岡:
倉方さん、まず感想をいただきたいです。
倉方:
僕は、宮部さんという方がおられることを、とても嬉しく思っています。というのも、僕自身、建築というのは「人間がどう感じるか」ということが中心にあるべきだと、もう20年、30年前から考えてきたからです。ところが、そういうことを言う人はあまりいなかったし、正面から言うと、どこか頭が悪そうに聞こえてしまう空気もありました。
その点で、宮部さんのすごく良いところは、最後に語られた南方熊楠の「心・事・物」の話の扱い方です。僕は早稲田出身ですが、早稲田の人があまりうまくないのは、ああいう話を最初に持ってきてしまうところかもしれません(笑)。そうすると、「心が大事だ」という話に終始してしまって、結局は普遍化しないし、社会も変わらない。
やっぱり宮部さんは東大の人だなと思うんです。法則化する。つまり、普遍化し、法則化してこそ社会は変わる、という大前提がある。その上で、今日の宮部さんの話は、「人間がどう感じるか」ということがすべての中心にあるのだ、ということを、きちんと法則として示していると思います。
もちろん、すべてが法則化できるわけではありません。ほんの一部しかできない。でも、全部が法則化できないからといって、それ自体を捨ててしまう、という態度が一番よくないでしょう。本人が元気なうちはいいんです。でも、本人が老いてきたり、周囲が悪くなっていったりすると、「人間中心」「ヒューマニズム」という考え方は、簡単にディストピアに転ぶ。「俺が決めたんだから」という状態になる。建築家には、そういう例が歴史的にも確かにあります。モダニズムにもポストモダニズムにも、同じように見て取れることです。
今日の宮部さんの話は、人間がどう感じるか、つまりその多様性をどう肯定するか、というところにありました。自分自身を街の映し鏡として確認したり、「こういう街があるな」「これ、ちょっと買いたいな」「ここに泊まりたいな」と感じたりすること。
それは確かに人間の欲望です。でも、その欲望が健全な人間の身体や感覚をつくっている、ということを肯定したうえで、では、それを街や建築のなかでどう可能にするのか。そのための理論化、法則化が、『リレーとしての建築』には詰まっているし、きちんとまとめられている。
再開発は外科手術で、体力がなければ死んでしまう。一方で、リノベーションは劇的には変わらないかもしれないけれど、漢方だ、という喩え。あれだけで一冊本が書けるほど、見事な整理だと思いました。
なぜ地方の再開発が失敗するのかについても、非常に的確です。成功事例があると、その場所とは無関係にコピペして、見事に失敗する。その構造をきちんと喝破しています。
デザインの決め方もそうですね。まず形態から入り、素材論へと進む。とても理論的で、さまざまな経験が法則化されている。でも最後には、「建築や街は人間を喜ばせるためにあるんだ」というところまで、はっきりと言い切っている。
そこまで言ってくれる人に初めて出会えた、という感覚がありました。自分がやってきたことも、肯定されている、間違っていなかったんだな、と素直に思いました。
宮部:
そうなんですよ。倉方さんと何年かに1回偶然会って仲良くなってきたんです。新幹線でね、ばったり会って飲みに行ったりしながら、紡がれた仲なんですけど、なんか関心が重なっているな、と思っています。
建築を見て楽しむっていうのが、倉方さんの中にもあって、倉方さんの場合はそれが言葉になってボワーっと出てくるじゃないですか。倉方さんが取り組まれている東京建築祭とかイケフェス大阪は一般の人に建築を開いていく取り組みじゃないですか。
使っている人が説明するっていうイケフェスの取り組みがまず面白い。使っている方が説明すると、自分の持っている建築の良さに気づかれたりとか、どういう視点でその建築を愛しているかっていうことを言葉にされるんで、その方の建築に対する愛着が深まるっていう、すごく大事な取り組みだなって思ったんです。
それ、多分、やろうと思ってなったっていうよりも、やっているうちにそうなったっていうふうに思うんですが、そうですね?。
倉方:
そうですね。最初に宮部さんが提示された言葉に、「建築を見て、読んで、楽しむ」という表現がありましたが、この中で特に大事なのは「読んで」が入っているところだと思うのです。建築は確かに「見て楽しむ」ものです。見て楽しむんですけれども、実際には人間というのは、見ながら同時に「読んで」楽しんでもいる。この「読んで」を抜いてしまうと、「楽しければいいじゃないか」「人間万歳だ」というような、あまりレベルの上がらない話になってしまいそうです。考えるということは、人間にもともと備わっている本性なんですよ。やっぱり見てね、考えるんです。
もう一つ重要なのが、「持ち主が案内する」ということです。これはイケフェス大阪で始まった、大きな発明だと思っています。とても素晴らしい。一方で、東京建築祭は、なるべく「東京の人」になろうとしています。その意味で、東京の中心にいる東大の人たちの感覚に近づいていくと、やはり法則化、理論化する、という方向に向かうことになる。これは関西にはあまりない。大阪では、あまり見られない態度です。大阪って人間のレベルが高すぎます。法則化しなくても物事が回っていくという、かなり特異な場所です。逆に言えば、大阪のやり方を他の都市に持っていって難しい面もある。それに対して、東京で、感覚がそれほど鋭敏ではない人が成功させた方法は、どこに行っても普遍化しやすいのかもしれません。
持ち主が説明するってすごく大事なことなんですよ。いろんな意味で大事です。持ち主が説明していると心と心を通じ合って感動するみたいな……。これによって、基本的には考える情報量が増える。建築鑑賞の特徴は、考える情報量が増えるところにあると思っています。一つの建築を見たときに、同時に複数のことを考えさせる。ここが、他のアートや音楽の鑑賞とは違うところです。そして、それこそが、人間にとって一番大事なことだと思っています。
建築を見るという行為には、さまざまな入り口があります。形態のルールについて考えることもあるし、どういう時代の社会背景から、この玄関の形が生まれたのかを考えることもある。あるいは、今も生き生きと使われているのは、オーナーが再活用し、愛着を持っているからだ、と考えることもできる。ともかく一つのものを見て考える方向性がかなりいろいろある。都市も同じです。建築の話をすると、必ず複数の読み方が立ち上がる。そこが、とても重要な点です。
ただ「見て楽しむ」だけだと、色や素材、光の加減といったところで止まってしまいがちです。でも、その光の加減がなぜ心地いいのか、こちらが「可愛い」と感じるのはなぜなのか、と考えていくと、意外なところに、その建築がなぜつくられたのか、誰のためにつくられたのかという本質が現れてくる。
持ち主が語ることには、二つの意味があります。一つは、語ることで持ち主自身の愛着が深まり、保存される可能性が高くなること。もう一つは、受け手の側にとって、圧倒的に情報量が増えるということです。その「情報量が増える」という点こそが、建築を「見て、読んで、楽しむ」ことの核心だと捉えています。
宮部:
そうですね。実は僕らの事務所も東京建築祭で兜町の案内役をやっています。イケフェスと違って僕らのツアーでは持ち主は説明をしない計画でした。ちょっと面白いのは僕らが設計してない建物まで説明していることと、結局オーナー会社の担当の人も説明に加わってくれているということです。来る人は観察者として来てほしいと思いました。観察するってことは多分、建築や都市を読むことになります。そうするとそこに「こと」が起きるっていう、良き反応があることを期待しています。
だから説明する時もちょっと工夫しています。面白い話があるんですよ。

たとえばこの建物の説明で、ここが汚れていたからパネルが貼られていたってまず昔の写真を見せるんですよ。そしてパネルを取ったらこういう昔の姿になりましたって言いいます。その後に、「二度と汚れたくないですね。なので、めっちゃ水切りこだわったんですよ」と言って、この辺の水切りの端っこを10ミリぐらい立ち上げて、横に水がこぼれないようにしていると言ったら、みんなスマホを出してここに集まって写真を撮るんですよ。
建築から読み取れること、建築のまで話すのが大事なことだと思います。隠れているエピソードが見えた時に俄然みんな前のめりになるじゃないですか。
岡先生は、この建物の裏側に入られたときに足元見ました?。見てないでしょ。よく見ると石垣みたいなのがあるんです。そういうことをちらって言うと、見に来た人にスイッチ入るってことありませんか。
倉方:
そうですね。説明という行為は、ファシリテーションに近いのではないでしょうか。さまざまな解像度を付与することで、見えるものがはっきりしてくる。宮部さんの設計の仕方も、もともとあった文脈が、より見えるようになる行為だと思います。設計を追加すること、リノベーションすることは、解説を加えること、言葉を補っていくことと重なっている。形態を少し変えるだけで、見える世界がまったく違ってくる。その点で、鑑賞を促す言語と、設計行為はシンクロしているのでしょう。
「見て、読んで、楽しむ」ということは、本当に大事です。
京都建築祭の小学生向けのプログラムでは、青木淳さんと西澤徹夫さんがリノベーションした京都市京セラ美術館を見せて、「何に気がついた?」と聞きます。すると、壁や窓の違いから、「ここは新しい」と、宮部さんが読み取ったことと似たようなことを、小学生も読み取っている。
大人は先入観がありすぎて、は窓、壁は壁と一括りにしてしまう。でも子どもは、まだ一つにまとめていない。だから、知っていることを整理していくだけで、どこが変えられたのかが分かる。外観の帝冠様式も、子どもたちは「顔に見える」と言う。最後に親御さんに、「ファサードという言葉は、もともと顔という意味であり。戦前は顔が大事な時代だったんです」などと説明すると、みなさん腑に落ちるのです。

宮部:
話は変わりますが、学生と安藤忠雄さんが設計した日本橋の家を見学にいく機会がありました。学生に「安藤建築の特徴を教えて」と聞くと、コンクリート、大きな窓、幾何学的などのキーワードが出てきます。これ、AIに聞いても同じような答えが返ってきます。もうちょっと解像度を上げて見てほしいなと思って、見にいく前に、コンクリート型枠のパネル割やセパ割が内側から見ても外側から見ても綺麗にできている不思議や、シンプルなコンクリートの造形の背後にあるたいへんな型枠の作り方の話を僕のわかる範囲でします。
実際にいってみると、事前にした話を思い出した学生は頭と体が動きだします。中庭と室内を行き来して、壁をまじまじと眺めて見たりしながら「こことあそこの並びが揃っている、ここに左右対称が潜んでいた、開口のサイズが型枠のモジュールになっているとか」いろいろと読み取りを始めます。
そこにオーナーさんが暮らしていた時の説明も重なってきて、いろいろな理解というか、想像が膨らんでいきます。
倉方:
こうして読んだり考えたりすると、圧倒的に楽しい。街の中には、そういう楽しみがたくさん潜んでいます。
『リレーとしての建築』の推薦文で「さらに、建築の鑑賞者にもおすすめだ。自分の目で、建築に都市のかけらを見つけ、歴史の重なりを捉える。それこそが建築の楽しみであることが、分かりやすく実感できる」と書かせていただきました。
この「建築に都市のかけらを見つける」という表現は、いろいろ考えた末に選んだ言葉です。
建築というのは、この道路があるからこうなっている、この土地の条件がこうだからこういう形になる、あるいは、この会社の履歴があるからこういう建築になっている、というように、実は敷地の外にあるものを取り込みながら成立しています。単体の建築の中には、今はもう見えなくなっているかもしれないけれど、建てられた当時の周囲の状況や、都市のあり方が、どこかに紛れ込んでいることがある。たとえ一棟だけが残っていたとしても、その建築の中には、かつての都市の名残が、さまざまな形でとどめられている。それは、具体的な形態かもしれないし、ある種の物語として残っている場合もある。
それらを、より分かる形で浮かび上がらせる――そのためのファシリテーションとしての設計を行っていくことで、「この街は、この街らしい」ということを、一つの建築だけで示すことができる。街を全部変えなくてもいい。一個の建築であっても、その街らしさを立ち上げることができる。そこに、この本が投げかけている、非常に強いメッセージが込められていると感じます。
岡:
私が「宮部先生、新築もできるの」って聞いてしまったことがあり、よろしかったら、新築の話をお願いします。

宮部:
新築をつくるよりリノベの方が楽しいっていう自分がいるんですけど、新築もリノベみたいに考えています。
これは神奈川県川崎駅のすぐ近くに作ったライブハウスで、ホリプロが運営していて土地の所有者が川崎市です。土地の地目は緑地だったんですよ。緑地のままライブハウスにするっていう提案をホリプロさんとして採択していただきました。だから屋上とかが緑もりもりなんですけれど、中は防音防振バリバリやっている超閉じた建築で、ライブハウスの機能が入っています。
見てわかるように、要は再開発エリアなんです。オフィスのタワーが建っていて、周りもタワマンです。再開発の時にうまく使えなかったヘタ地の活用です。なので街のコンテクストとか歴史とかはほぼ消されちゃっていたのです。ただこれも調べていくと、昔、レンガの工場があったようで、条例にもその歴史を継承しようってのが残っています。レンガのまちづくりっていう、方針があって、それに答えているわけです、僕らの前にやっている人たちは。写真の濃い茶色の辺りに駅から続く地上6、7メートルぐらいのデッキがあって、レンガタイル貼りになっています。事業者によって変わるんですが、レンガチックになっているわけです。その端っこになんとか接続して作れっていう条件だったんですが、僕はこのままデッキが建築になったらいいかなと途中から考えるようになりました。
左のデッキにたいして、この腰壁のような壁がライブハウス側にもちゃんとあるような形をわざと作っておいて、あっちが伸びてきてこうなりましたっていうふうにデザインしたんです。ただ、エンタメの場所なんで、これが目立ってくれないと困るっていうのもあると思ったんで、形態としてはちょっといじって、単体としても主張するし、でも馴染んでも見えるようにしています。
面白かったのは、この竣工写真を撮った建築カメラマンが「なんか宮部さんたちが設計したやつが隣と区別つかないんだよ」って言っていて面白かったです。僕たちがやろうとしていることが、単体で目立つような建築の写真を撮ることが多いカメラマンの方にはちょっと変わって見えるんでしょうね。苦戦されていましたが、写真は見ていただいているような良いできになりましたよ。僕は繋がって見えるって聞いた時に、うまくいってんじゃないかなと思ったりもしましたし、新築でやるときでも既存からつなぐといいよっていうのもあるんです。

さきほど成れの果てをイメージしてって言いました。僕も汚れた建築はいっぱい見てきているんで、正しい汚れ方と正しくない汚れ方がインプットされているんです。
例えばスライドの建物は銅板なんですけど、普通にしておくと、この窓の際がだらだらと雨が伝って汚くなっていくわけです。それって、なんとかしたい気持ちになるでしょう。要はネガティブに捉えられるわけです。これ、まんべんなく色が変わったら多分ポジティブだなっていうのがあって、これの水切りの施工のとき、絶対横に水が垂れないように板金屋さんと何回も打ち合わせして、やった結果がこれなんです。垂れていませんよね。

これは5、60年後、オーナーと僕らが死んだ後こうなったらいいよねと言いながら未来を見ているんです。

これも石張りなんです。サビ御影石を採用している。石が汚れても、ちゃんとやれば綺麗だろうなと思ってやりました。

これが10年後です。ちゃんと茶色くなっている。変なダレとか出てないでしょで。僕はダレがいっぱいあるやつを見てきています。ダレさえなくしておけば綺麗に味が出てきたねっていうことになる。僕が死んだあとも、これを全部壊して張り替えようっていうふうにならないんじゃないかなと思っています。
高岡に行ったら、銅の町で銅板貼りの看板建築とかがいっぱいあるんですよ。リフォームもいっぱいされているんだけど、どういうわけか銅のところには誰も手をつけようとしていない。つまり緑になって綺麗になっているって判定しているんですよ、持ち主が。それを見て確信しました。正しく汚れれば残したいと思うし、正しく汚れないと、変えちゃいたいと思われる。
だから、そこまで紡いだ時間を否定しないで、うまく継いでいってほしいという思いがあるのであれば、汚れ方をコントロールする。成れの果てを考える。まずそれが一つ、最初の新築の時にできることかな、と思っています。
倉方:
やっぱり宮部さんらしいな、と思うのは、正しい答えを一つにしないところです。先ほどの「デッキの延長上だ」という説明も、場合によっては皮肉にも取れる。本に書かれている「シモキタフロントの切断面を見せる」という表現もそうです。そうした言い切らなさ、揺らぎを含んだ態度こそが、宮部さんが持っているものであり、僕がとても好きなところでもあります。そしてそれは、現代社会のなかで、特に若い世代には忘れられがちな感覚でもあると思います。
今の社会では、みんなが正解を求めようとする。「街とつながっているからいい」「隣と一体だからいい」「未来に向けた美しい劣化の仕組みを考えているからいい」「美しい年の取り方を想定しているからいい」──そうやって、何かしらの“正解”を探そうとする。でも、そもそもそんな正解はないんじゃないか、というのが、宮部さんの立ち位置だと思うんです。
それはつまり、「都市的である」ということです。都市というのは、いろいろな偶然が重なって、たまたま今の形になっている。誰かが一貫した意志をもって「良くしよう」として出来上がったものではないし、無数の偶然の集積です。都市の美しさを語るときに、かつて一度も存在したことのない「統一された街並み」を理想像として持ち出したり、少し前であれば「もっとも合理的で、もっとも機能的な街並み」を理想としたりする。けれど、どちらも本質的には同じで、都市性というものを分かっていない。
都市というのは、同じものが、ある人にはこう見え、別の人にはまったく違って見える。その多義性こそが、建築や都市の持っている魅力です。それを、一つの大きな言葉、一つの説明でまとめてしまおうとする態度に対して、「そうじゃないんじゃないか」という感覚が、宮部さんの中には常に流れている。そこに、ある種、ポストモダニズムの最良の部分が継承されていると感じます。
最近、私はポストモダニズムの再評価を意識的に行おうとしています。 ポストモダニズムには、多様な人間を肯定する姿勢や、「社会善」という名のファシズムに陥らないための知恵が、確かに含まれていたのではないかと思うからです。
ポストモダニズムの時代に、多くの人が都市に注目し、都市論を書いたことも、決して偶然ではない。都市はもともと、人間と同じように矛盾を抱えた存在である。その矛盾を肯定することが、人間そのものを肯定することにつながる、という姿勢があった。それが、その後忘れ去られ、表層的な遊びのように理解されるようになってしまいました。
僕は歴史家なので、これを少し距離を置いて見ると、ポストモダニズムの世代を打ち負かすかたちで、今の建築家たちが登場してきた。その過程で、常に前の世代が強く否定されてきた、という側面があるように思います。それは、かつてポストモダニズムが登場したときに、モダニズムを「退屈だ」と切り捨てた構図と似ています。それによって「ポストモダニズムはしょうもなかった」という言説が、いまだに流布しているのは、非常によろしくない。
宮部さんがやっていることは、ポストモダニズムが持っていた最良の部分、人間の感覚を肯定しながら、同時に知性的であるという態度を、きちんと引き継いでいる点にあると思います。感覚だけでもなく、理屈だけでもない。心身の両方を備えた人間を前提にしている。そこに、宮部さんの仕事の一筋縄ではいかない面白さがある。新築も含めて、その複雑さこそが、とても魅力的だと感じています。
宮部:
モダニズムがポストモダンに行く時にちょっと亜流とされた、批判的地域主義っていうか、同時代に地域に根ざした建築を作ろうぜみたいな運動があったじゃないですか。勉強した人は知っているけれどメジャーではない。僕はあっちの感覚が近いなっていうか、共感を覚えていて、磯崎さんやマイケル・グレイブスのポストモダンのほうにはあんまり共感を覚えてこなかった。
人間のやったことを否定しないみたいなことで言うと、ああいうものの依頼が来た時も同じ気持ちでリノベしてたいなっていうのはすごく思います。ただし、結構な難問だとも思っています。突拍子もない様式が採用されたりするから。なんで東京の真ん中にギリシャのドリス式の柱?あれは隈研吾さんですね。磯崎さんが、つくばセンタービルの広場でローマのカンピドリオ広場を反転して引用してますね。結構難しいのは、その場所のコンテクストとの紐づきがなさすぎて突然現れてるから、これをどう前のコンテクストと今のコンテクストの中に位置づけるかみたいな作業が、他よりかなり難しいぞと思っているんですね。
倉方:
つくばセンタービルにしても、ペデストリアンデッキのレベルと車のレベルが明確に二層に分かれている。もともと強い歴史的コンテクストがないところに、近代都市としての「筑波」というコンテクストを、人工的につくり出しているわけです。だからこそ、それを再活性化する形でリノベーションしていく、ということは十分に可能なんじゃないかと思っています。
そういう意味で、先ほど話に出た「多世代が共有する文脈が、都市にある、建築にある」という考え方は、僕はとても肯定します。モダニズム、あるいは現代社会のネオモダニズムの悪いところは、経済的な答えにしても、社会善の答えにしても、「正解が一つしかない」と考えてしまうところかもしれません。
でも、建築や都市はそうじゃない。一つの建築について、ある世代は強い愛着を持つかもしれないし、別の世代には新鮮に映るかもしれない。かつて使っていた人には特別な思い出があり、初めて訪れた人には別の魅力がある。ある人はこの部分が好きだと言い、別の人はまったく違うところに愛着を見出す。そういう状態のほうが、むしろ健全だと思うんです。普通に話をしていたら、価値観が違って対立しそうな人たちが、一つの建築のまわりに、なんとなく集まっている。その状態こそが、僕はとても平和な状況だと思っています。
人間がみんなで議論して、一つの結論にたどり着く、なんてことは基本的にない。なぜなら、好き嫌いがあるからです。その状態を表す言葉として、僕は「不連続統一体」という、吉阪隆正さんの言葉がぴったりだと思っています。僕は20年前に吉阪さんについて本を書いたことがあります。少し「早稲田」というものを理論化しようと思って、かなり頑張って書きました。ただ、それは吉阪隆正という人間が素晴らしい、という話をしたかったわけではありません。吉阪さんが言う「不連続統一体」には、いろいろな意味がありますが、分かりやすく言えば、一つの建築の中に、ツルツルした部分があったり、ザラザラした部分があったり、垂直な要素があったりする。ツルツルが好きな人はツルツルを好み、ザラザラが好きな人はザラザラを好む。それでいい、ということです。
一方で、モダニズムは、全面的に好きか、全面的に嫌いか、という二択になりやすい。だから社会を分断し、対立を生みやすい。その問題意識が、吉阪さんの設計の根本にはあります。不連続である。けれど、完全にバラバラではない。一見すると連続性が切れているように見える要素が、緩やかに重なり合って、一つの建築を形づくっている。そういう状態のほうが、いろいろな人が、それぞれに「好きなところ」を見つけやすい。 結果的に、同じ場を共有している限り、根本的な対立にはなりにくい。そこに建築や都市が持ちうる、大きな可能性があると捉えています。

宮部:
そうです。同じ場所を共有することでできる。
これはシモキタフロントです。これがどういう背景かというと、この点線が元々の街なんです。鉄道を地下に埋めて、その線路跡を道路に変えて、ここにバスロータリーを作ろうっていう再開発です。ここは食品市場で路地があって、焼き鳥屋があって、おっちゃんたちが昼から飲める、いい感じの場所だったんですが、この再開発で消えたんです。
街のグリッドは整ってはいないけど、なんとなくあったわけです。それがね、バサって斜めに切られたんですよ。土木的事情で。それが僕には何か都市が切り取られたみたいな、人間が突然腕を切られちゃったみたいな、そういうふうに思えたんですね。

なので、何かその感覚はちゃんと建築に残しておいた方がいいなと思ったので、壁面は斜めにズパッと行くんだけど、実は中の柱のグリッド割りは昔の街のグリッドの方向で設計しています。そんなのいつ読み取れるんだみたいな話だと思うんですけど、こう商店街の方から見ると昔のグリッドに従っているんでスポーンと抜けて見えたりするんです。

ここの抜けている部分の天井に貼ってある木は昔のグリッドの方向で貼っているんで、銅と取り合っているところとか、すごい鋭角になっていたりとか、変な納まりになっています。そういうところを誰か気がついてほしいなって思うんだけど、まだ誰も気にかけててくれない。倉方さんにね、東京建築祭のエリアで下北沢を指定していただいて、ちょっと説明したら、みんな場所を時間を超えてイメージするようになる……
倉方:
街の見え方が変わりますよね。
宮部:
こういうネタは、多分いろんな建築が本当は仕組んでいると思うんですが、あんまり詳らかにされてないじゃないですか。みんな呆れて笑ってしまうようなマニアックなことも、現物を前にして読み取ると意外と楽しいと思いますよ。
倉方:
東京建築祭では、何よりもまず、「開いてほしい」と思っています。建築を、そして情報を、できるだけ開いてほしい。東京建築祭の参加者のうち、実は約83%は、建築を専門としない方たちです。それでも、みなさん本当に熱心に話を聞いてくれる。
建築界や専門家の側には、「一般の人には分からないのではないか」と、どこかで思ってしまう傾向がありますよね。でも、実際にはそんなことはない。建築の話や設計の話でも、さっき触れたように、小学生でさえ意外と分かる。もう少し、社会を信頼していいんじゃないか、という感覚があります。
だからといって、無理に分かりやすく落とす必要はないと思っています。専門用語をむやみに使うのは良くないけれど、内容まで薄める必要はない。本来、プロが本気で考えている都市づくりや建築の話を、そのまま安心して一般の人に届けていいはずなんです。ただ、そうした話が届く場が、なかなか存在しない。
建築学会やJIAのような既存の団体では、どうしてもその外側に届きにくい構造がある。だからこそ、フラットに見えるプラットフォームをつくり、建築の中に蓄積されている情報を外に流していく。そのことで、もっと多くの人が建築を楽しめるようになるし、同時に、その反応を通して、「こんな考え方もあり得るのか」という気づきを、専門家やプロの側が得ることもできる。そうした双方向の対話が生まれるプラットフォームを、日本でもきちんとつくっていく必要があるんじゃないか。東京建築祭は、そのための一つの試みとして実行しています。
宮部:
倉方さんと建築学会の『建築雑誌』っていう会報で、建築鑑賞っていうテーマを一緒にさせてもらったんです。その時に、実は美学の世界にも同じ感覚の人がいるよっていって青田麻未さんを紹介してもらってお話してもらったんです。青田さんは日常美学っていう分野をやっておられます。美学って美術品しか扱わなかったのですが、日常美学では日常の中に美があるって研究をされていて、そこに旅行者の目線と生活者の目線みたいに、シーンを切り取るフレーミングっていう概念が導入されています。日常の人はこう見るけど、旅行者にはこう見えるよねという話がでてきます。
その学派が北欧から来ているんですけど、アアルト大先生の建築に苦言を呈されています。港湾地区にシュガーキューブっていう白い四角い建物があるんですけど、そこだけ切り取った建築写真はとても美しいですが、生活者の視点ではこういうふうには見てないよ、と。もっと他の教会堂とか全部で見ているときは、アアルトの建築がちょっと邪魔とか、そういう解釈が多いらしいんです。だから、切り取り方で解釈が変わるとというのも面白いし、地元の人はどう見るか、旅行者はどう見るかという視点の切り替えも、それぞれ示唆されていて、僕的にはかなり刺激的で面白かったですね。
倉方:
そうですね。最初に言われた、「私たちが生きる時間の前や後にまで感覚を拡張して楽しむ」という言葉は、まさに今の話につながるものだと思います。時間についてもそうですし、立場によっても、実は同じ建築や都市が、まったく違って見える。そのことに気づかせてくれるのが、建築や都市であり、そこに少し付け足されるリノベーションや、言葉によるファシリテーションかなと思います。
宮部:
そうですね。
岡:
質問がありましたら。では、どうぞ。
会場1:
先生、ありがとうございました。まちづくりをしているWと申します。さすが建築の先生なので視点がマニアックだなとちょっと感心しました。先生がローカリティが好きなのは僕もよくわかるんですが、一般の方は東京にあるようなビルとかああいうデザインの方がいいので、なんか負けている感じがします。今も神戸の駅前でそういう話が出ています。そういうアプローチは難しいと思っているんで、ローカリティについてちょっと教えてほしいのが一点。
また先生が東京の人なのに、近大というマンモス校にわざわざ来られたのは、関西に対して熱い思いがあるのかなと思ったんで、その辺の経緯も教えていただきたいと思います。
宮部:
ローカリティで言うと、兜町の話になっちゃったら「東京でしょ」って言われそうなんですけど、あれっていわゆる東京っぽい建物は、僕らは一個も目指してないんです。求められてもいないんですよ。
今って新築したらコストも限られているからなんか似たりのよったりの建材の寄せ集めみたいなのが出来がちじゃないですか。頑張るんだけど。それだとまずいっていう思いが平和不動産の人たちにはあった。新しい建築でめぼしいものを作りたいんだけど、それもできたらやるかもしれないけど、もっと手っ取り早くできるのは、今そこにある古びたやつの味を全面的に出せば「兜町ここにあり」になるっていうのが確信としてそこにあった。
若い人がどっちが好きかというと、古いやつの方が好きですよ、確実に。で、できてわかったのは、前は兜町ってスーツ着たおじさんさんしかいない街で、土日は誰もいないオフィス街でした。が、今土日にいくとすごい数の女性と外国人が僕らがリノベした建物にいるんです。


これは中にパン屋さんとかレストランも入っているんですけど、お休みの日に行ったら僕は入りづらいです。若い女性がいっぱいいて。だから、もっと自信を持った方がいいですよね。東京に寄せるって絶対間違っているんで。神戸の人は目を覚ました方がいいですね。東京を目指したら神戸は終わると思います。
倉方:
人気があるってすごくいいことだと思います。
宮部さんの良いところは、経済の話と意匠の話を、はっきり同列に語るところですよね。ものが「生き生きしている」というのは、単に保存されているとか、新築されているということではない。生き生きしているというのは、つまり、経済がきちんと回っているということでもあるし、同時に、意匠がさまざまに発揮されている、ということでもある。
この二つを同列に語れる人は、実はあまりいません。意匠の話は意匠の話として完結してしまうことが多いし、建築の人は、だいたい経済の話をあまりしない。逆に、経済の話になると、意匠についてはかなり大雑把な扱いになってしまう。その分断がずっとあった。でも、意匠があり、ちゃんと人気があって、結果としてお金が回っている状態―まず僕は、そこが一番大事だと思っています。そこから切り離されたかたちで、「地域性が大事だ」とか、「正しいことをやっている」と言われても、それは少し現代的ではないんじゃないか、という感覚があります。
僕自身、消費社会の中で育ってきたので、新しいものが持つワクワク感というのは、やはり否定できない。どの地域にも、「実は自分たちのところに、こんなにいいものがあったんだ」という発見がある。そうした発見は、地方都市であればあるほどインパクトが大きいし、地元の人にとっても、観光で訪れる人にとっても、人気につながっていくと思います。
宮部:
そうですね。
なぜ近大に来たかというと、近大が建築学部を作ったときに、企画マネジメント専攻を作ったんですよ。コースが出来て何年目かに、いよいよそこに入学した学年が上がってきて授業担当者をどうしようかといったタイミングで、建築の設計が教えられて、不動産のことが喋れる人を募集していたんです。
で、その当時近大の先生だった鈴木毅先生が僕のことを思い出してくれて、公募だからどうなるかわからないけど、多分、宮部くんにぴったりなんじゃないかって言ってくれたんです。応募締め切り1週間前ですよ。急いで書類をまとめて出して今に至るって感じです。大学でしている授業は企画マネジメントなんで、建築を作る前の話と作った後の話をやっています。あと設計演習っていう感じ。
だから関西に思い入れがあってきたんじゃないです。でも関西に来たらなんか面白い人がいっぱいいて、楽しいですよ。出版イベント、関西の方が人が集まる。僕、いつの間にか大阪の人なの?大阪弁で喋れないけれど、これは肯定していいですよね。
倉方:
逆に言うと、東京は人が多すぎるんですよね。その分、セクショナリズムが強い。意匠の話で尖っていれば、その話を聞きに行く。経営やお金の話で尖っていれば、そちらを聞きに行く。そういう分かれ方をしている。
宮部さんの場合、意匠の話もあれば、経営や経済の話もある。どちらか一方に振り切れていないから、「これはどこに行けばいい話なんだろう?」と、受け取る側が一瞬迷ってしまうところがあるのかもしれない。でも、こちらの場合は、そういう整理の前に、「実際に面白いから」という感覚で伝わっていく。その違いは、確かにあるのかもしれませんね。
岡:
何回も来ている人がいっぱいおられます。私もそうですけれど。
会場2:
大阪時でコンサルをしています。自分のことと、学生に教える活動をしていることの関係性とか、そこから得られるものとかいうのは、何かありますか。
宮部:
学生と話すのは楽しくて、どういう学生が楽しいかっていうと、僕の知らないことを教えてくれる人、僕が持っていないテーマを見つけてくる人は大歓迎です。
卒業論文、卒業設計でも、修士論文でも、特に修士には言うんだけど、「来週は俺の知らないことを持ってきてくれ」「AIに聞いてもいいから持ってきて」って言ったら、持ってきて、「お前これAIに聞いただろう」みたいなやり取りしながら、でも今週僕が知らないことが1個分かったからありがとうって言って終わるような感じです。学生には教えるけれど、こっちもちょっと教えられるみたいなのがあります。
僕と同じか上の年代の人が会場にたくさんいますね。スクラップアンドビルドって言葉知っていますよね。今の高校生にスクラップアンドビルドって聞いたら、認知率ほぼゼロですよ。この言葉はもはや現代の日本語ではなくなっている。これは学生と喋っていないと気がつけなかったことなんですよ。他にもリノベーションは10年前に1年生の最初に聞くと認知率1割ぐらいだったけれど、今は9割ぐらいです。学生とコミュニケーションする中で、何より教えられたのは自分がだいぶ若い人と違う認識で生きているということです。そういうのはなんか面白い。
「若い人たちは古いやつが好きだよ」と自信を持って言えるのはこうした学生とのやりとりがあるからです。
会場3:
僕もすごく最近感じるところがありまして、設計していて、やっぱり設計が終わるとどうしても建築を離れるので、建築を使う人がどれだけその建築に思い入れを持ってくれるかってすごく大事だと思います。倉方さんが話していたちゃんと説明できる、ここもすごく大事。でも投資用の物件とかだと、なかなかその思い入れを出しにくくて、自社ビルだともっといいことができるなという思いはあるんですね。
建築を作ると同時に人を育てることにもアプローチしていきたいなと思っていて、宮部先生が一緒にやる事業主さんにどういうふうなアプローチで建築をより魅力的に見せて好きにさせていくのか、何か工夫があればお話しください。
宮部:
身につまされる、いい質問ですね。ただ、今の質問の前提にすでにドツボにはまる要素が入っています。どうやって魅力を感じてもらうかって思った瞬間にもう負けだと思います。一緒に魅力を見つけようぜとか、一緒に魅力を作ろうぜ、というのが大切なんです。
だから倉方さんがクライアントだとしたら、僕は倉方さんとこうやって対面して喋るのは嫌いです。むしろ同じ方をむいて、何を見ているかわかんないけど、あっちの方と対話するっていう姿勢が大事だと思っています。これなかなか難しいんですよ。なかなかできないんですが、楽しそうに仕事をしている人たちを見ていて気がついたんです。あ、なんか俺と違うと思って。なんかクライアントと同じ側に座って何かに向かってしゃべっているなっていうことに気づくときがあって、それから、なるべくそうなるように心がけています。というのが答えになっていますか。どうやって楽しんでもらうかっていうのは、一緒に夢を見ようみたいな話なんですけど。
会場3:
ありがとうございます。
一緒のパートナーとしてやられていくっていうのはすごく大事なんだろうな……。
宮部:
向き合ってはいけないです。
会場4:
とても面白いお話をありがとうございました。設計をやっていますKと申します。
私も千葉県佐原市というところで、1996年に伝建になった時からずっとやっています。佐原って実は大正、昭和、明治、江戸時代、いろんなものがあるんで、一つじゃないんですね。みんな伝統的なものばっかりしたがるんだけど、私のクライアントは絶対に洋館を作りたいって言われて、一生懸命洋館を作るんですが、洋館だけ作ると洋館に見えなくて、やっぱり和館とくっつけないといけないということに気づいたんです。新築なんだけど、蔵と洋館をくっつけるっていうデザインをやったりしています。
だから共通点を感じて、今日はとても楽しいなと思いました。
町の人の素直な気持ち。面白いからやりたいねみたいなね。そういう気持ちをなんか入れていくって話を言われたんで、すごく良いなあと。あともう一つ、武田五一さんが作った大正期の建物で、武田五一さんの思いをちょっと丁寧にインスタレーションしているんです。建築って要素が多くって、なかなか読み取ってもらえない中で、建築家の夢みたいなものをアートを使って伝えようと思っています。その時にさっきおっしゃった、わざと想像してもらうところを残すみたいな話はすごく刺さって、素晴らしいなと思いました。
一つ質問があるんですけど、新築の構造についてどう考えられるかを聞きたいなと。というのは、さっきは形態の話だったけど、リノベとかのときに構造がしっかりしていると大丈夫なんですが、そうでないと結構難しいからです。
宮部:
嬉しい感じの紐解きです。
次何を考えているかというと、建築の初期設定を真面目に考えていて、まさに構造のことを考えています。
住宅が今買えないぐらい高くなっちゃっているじゃないですか。工事費が上がっています。みんなが買えるような値段で住宅を提供するようにするにはどうしたらいいかっていうのを、うちの事務所で半年ぐらい勉強会やって、ある結論に至りつつ、もうすぐそれが計画として動きそうなんです。その時に僕が至ったのは、最初から廃墟を作ろうみたいな、構造だけ残った時の姿をイメージしながらやるのがいいなと思ったんです。
というのは、リノベ的に言うと、結局構造のところまで立ち返って、いろいろ外してからやるっていうのが多いんですよ。そこからちゃんと整理して考える、法則化ですね。
ハウスメーカーの人も工務店の人も住宅の自由度をたかめるっていう共通のテーマがあって、お客さんの要望も組み込み、いろいろ挑戦されてきました。その結果としてロングスパンが採用されて、それをウリにしているというのが分かってきました。
他にもなんかいろいろな工夫があるんだけど、僕らはリノベをやってきて、ロングスパンっていらなくねぇって結論に辿り着きました。というのは大工さんたちが作った建築をいっぱいリノベしてきて、みんな自由度高く夢叶えて暮らせるんです。2.7mか3.6mのスパンで。だから4.5とか5.4というスパンはいらないって思って、MAX 2.7mスパンで設計できるかってやったから、できちゃうんですね。新築できちゃう。
分かりやすい法則で柱が立っている建築にしたうえで、内装はどうなってもいいぐらいな感じで設計とその工事を終えて、リノベの会社に内装をやってもらうように連携をしてバリエーションがぶわーって増えたらおもろいなと考えています。
なので構造については、リノベーションの時に立ち返るところを大事に作る。だから構造で形態が決まるっていうのは、実はあんまり良くないと思っています。構造で空間のすべてが決まるみたいな美学もあるじゃないですか。昔で言うと38条認定、そういうようなのも含めて、めっちゃあとが大変だと思うんですよ。リノベをやることになる段階で。構造が紐解けないみたいなことになって、ニッチもサッチも行かないという結果が見える。なので構造をシンプルで合理的に無駄なくやってやるっていうのは、長い目で見ると愛されていくものになっていくかなと思いました。
ところで武田五一はリノベの中では初期的な存在だと思っています。名和昆虫館っていうのが岐阜にあって、そこはね、シロアリの研究所、昆虫の研究者の博物館なんですよ。だから蝶の標本とかいっぱいあるんだけど、それを支えている柱がものすごい柱なんです。唐招提寺にあったシロアリに食われた柱をもらってきて使っているんですよ。
僕あれは多分建築の材料に意味を込めて運んできて転用した日本で初めての事例なんじゃないかとか思ったりするぐらい感動したんですけど、これもマニアックすぎ?。
行ってもね、埋もれていて「これかな」みたいな感じなんだけど、見つけた時の喜びがすごいから、シロアリに食われた柱を見つけに行ってください。材料にも意味が込められている。武田五一ってそういうの得意だったと思います。
倉方:
武田五一というのは、日本で最初に茶室を本格的に研究した人です。茶室というのは、誰が使っていたか、どんな由緒があるかといった物語が重なり合うことで、価値が増していく文化ですよね。単なる空間や造形としてではなく、使われ方や来歴がまとわりつきながら、意味が豊かになっていく。
その点で言えば、名和昆虫館も同様です。あれは、単純に意匠や構造だけを見て終わる建築ではない。あの場所に「持ってきた」という行為そのものに気づいたとき、建築の見え方が一気に豊かになる。そうした、物語や文脈を建築の中に読み込んでいく態度は、日本の伝統の中にもあります。だからこそ、宮部さんが武田五一に強い共感を覚えるというのは、とてもよく分かる気がします。
ということで、本当に話がつきません。
岡:
いやいや、話がつきません。
今日は宮部さん、2回目の登壇ということでお話していただいて、そこに倉方先生の深読みが入ったという感じがします。今日は本当にありがとうございました。これで今日のセミナーを終了したいと思います。皆さんどうもありがとうございました。